Sugar&Spice GUMBO趣味あまから手帳「滋味風味」
すぐそばにあるBluesやHumor、その他もろもろの雑談横丁。
このところ、フィギュアスケート関係の話が多いです。
「あまから」といいつつ、言いたい放題の辛口御免。
その上不定期。気まぐれワガママ放題の無法地帯。
どうぞ大目に見てください。

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Ain't Nobody's business but my own 01:23

 

写真は、BARBAR SARU.
Bluesの好きなSARU君が一人でやっている散髪屋さんだ。
SARU君もこの曲は好きだろうなあ。
やっと2月に撮ったフィルムを現像するという始末。




連休前、有機養鶏農場「しんあい農園」の足立さんにお会いした。
この話はまた『ELF』6月号に掲載しますが
人として生きるというのはどういう事か、をふと考えてしまう、深いお話を伺う。

お話の最後に、本業とは別の話で
農場の周りの、休眠地や川の土手などを全部一人で草抜きをしている、という話になった。
随分人里から山奥に入ったところなのに、キレイになっているな、と思ったのだ。

「最初はね、隣の土地の所有者に連絡して、草抜きをしてくださいと頼んだんですよ。
自分の土地にも、雑草が跳んできて生えてしまうからね。
でも、大抵そういう土地の持ち主は、高齢で草抜きなんかようしないんですよ。
川の土手もそう。それならもう、自分でやってしまおうと。
最初は何でかなあとおもいましたけど…だんだんそれが日課になるというか
誰もやらなくても、誰が褒めなくても、ああこれだけ自分はやった、と思えて
草抜きは、きもちがいいです」

ワタシの頭の中では、すぐさまこの曲が流れた。

Ain't nobody's dirty business,How mine,Baby treat me
Ain't nobody's business,But my own

だれもやらない でも僕はやるよ
Ain't nobody's business,But my own
みんないやがる でも僕はやるよ
Ain't nobody's business,But my own

みんないろいろいうけど やっぱり僕はやるよ
Ain't nobody's business,But my own
明日は明日の風が吹いて やっぱり僕はやるよ
Ain't nobody's business,But my own

Ain't nobody's dirty business,How mine,Baby treat me
Ain't nobody's business,But my own

(「Ain't nobody's business」有山じゅんじ)


足立さんも、有山さんのこの曲も共通しているのは
声高ではなくむしろ穏やかな、明るいトーンがあることだ。
しみじみとした、という「枯れた」とか「達観した」感じではない。
硬質の、胸の奥にゆるがないもの、のパワー。
それは草抜き、や歌にある「みんないやがる」ことをすることが、すばらしいからか?
いやちがう。そういう道徳的なレベルではなくもっと広い意味で考えたい。

この歌の原曲はミシシッピ・ジョン・ハートということだが
原曲を色々探してみたのだけど、歌詞が全然違う。
原曲はもっとヤバイブルースみたい。
「酒を飲むのも一発キメルのも、誰のせいでもなく俺の仕事(問題)なのさ」
なんてことなんだろうか。
Taji Mahalのこれ。
http://www.youtube.com/watch?v=h986aTCAo4w

有山さんバージョンは、完全に有山さんの作詞です。
こういう歌でもう一つ、一番に思い浮かんだのは
細野晴臣の「ろっかばいまいべいびい」。名盤『HOSONO HOUSE』の曲。

どちらの曲も、そして足立さんの毎日も
その人の毎日の足跡を、嬉しくしっかりと確かめるように生きていることに震える。
それは、繊細な心が選んだまっすぐに続いている明るいほそ道で
自分の中の「何か」を信じている人の、心の風景だ。



| daily | comments(0) | - | posted by satosugar
Overflowing with driped Twitters 14:19
JUGEMテーマ:日記・一般

Twitterを始めました。

しかしこのツールは、オモシロイものなのか、私にはイマイチわかりません。
考えたらそりゃ当然で、私のケータイはTwitteeができる代物ではなく
(4〜5年前に買ったのが気に入っているので使っている)
自分のつぶやきは家のPCからなんですよね(爆
○○なう、ってのがウリなのにwこれでは意味が無いですよね…w。

ドラマも始まっているようですが、あれはTwitterである必然性はあるのでしょうか?
そして、twitterであのように「出会う」って、あるんでしょうか?
そしていきなり「こいつらとはずっと友達でいたい、大切にしたい」なんて
思うかなあ?なんだか随分強引な気がしましたが。
ツールネタに認識とか感覚が追いついてない気がするなあ。あれはmixiレベルで十分なのでは?

私の目的はもっぱら「受け」です。
LAからNYに着いたJWが「これからミーティング!madness!」とつぶやき、
カート・ブラウニングやジェフリー・バトルが「成田で足止めくらった」とつぶやき、
リクオ君が「京都人は重層的だと思う」とつぶやき
そんなんがいっぺんに入ってくるというのが「おお、世界は広くてみんな生きてるなあ!」と
ちょっと感傷的になったりする。
ネットの世界でリンクというのは「情報選択して自分の世界を形成する」ことで
Twitterはそれが「有機的にうごめいていく」のが感じられる。

先日、LAでのGLADDセレモニーでのレッドカーペットにJWがでるかも、というので
そして朝から中継がネット配信されるというので、張り付いちゃいましたよ…
映像の横にはアダム・ランバート待ちの世界中の人からのつぶやき(というか叫びw)が
バンバンと流れている。自分も盛り上がってしまい、いい加減な英語やら日本語で
入れていると、なんか幸せな一体感を感じましたw
待つこと1時間半、画面にJWが出てきたときはやっぱり感激。

ただし、「自分のつぶやき」というのは、まだ慣れないなあ。
自分がリアルでは全く毎日大したことしてないし、
どっちかというか人に見せたくないこともおおいのに、
どうしてみんな自分の行動をオープンにできるのだろう?
自分の行動に意味があって、知らせたい人が多いんだ。
そういう人はある意味幸せだ、と思う。

私みたいに、かっこつけの嘘つきは、とってもまだそこまでの境地には立てない。






 


| daily | comments(4) | - | posted by satosugar
なんか間違ってる…? 22:30
JUGEMテーマ:日記・一般
 引き続きオリンピックモードであります。
後半の山、フィギュアスケート女子シングル、SP。
アッコちゃん惜しかったなあ。
でもあとから何度も見ると、ジャンプの失敗こそあれその他の部分ではそれほど悪くはなかったと思うんだけど。
目と背中がよかった(爆)
しかし、ステップやスピンなどがはやはり、堅いというか、一回り小さく見えた。
本人のコメントも「堅くなっちゃった」といっていましたね。

頑固な私はめったに人を見て反省したり行動を変えたりすることが少ないのですが、
今回、女子フィギュアの各選手の、あの鍛え抜かれた身体を見て
「私も動いて無駄な肉を取ろう」と深く決意。
(今更何をとち狂っているんでしょうかw)
あと、プルシェンコの練習量を見て小塚君が「プルシェンコに比べたら僕なんてまだまだなんだとわかった」といったように
「私も1日100カット撮ろう」
(うーんちょっとこれは怪しい…かも…)
そして、ジョニー・ウィアー様を見て決意。
「まつげは毎日ビューラーでカールしよう!」

なんか、間違ってます…?



そいえば、男子フィギュアで、こんな人もいた。
もうその道の、フィギュアファンの間では有名な人だったらしい。
アドリアン・シュルタイス。


ニコニコ動画


いやもう、絶句です。フリーといえどもここまで振り切るか!!
首のぐらぐらがほんとに不気味です!
顔は「ブレードランナー」のルドガー・ハウアーみたいだからよけいに不気味!
ジョニー・ウィアーがクラブカルチャーなら、アドリアンはレイヴカルチャーか!




浅田真央vsキム・ヨナはいよいよ明日決戦。誰かが言うだろう「決戦は金曜日」て(ひゅうるるるる…)
SP、二人の得点差について「納得いかない」「採点がおかしい」という指摘をされる方も何人もいらっしゃるようで、確かに「ええこんなに点差が?!」と私も最初は度肝を抜きましたが…

フラダンスをしている私の友だちは、大舞台の際、緞帳が上がりスポットライトを浴びた瞬間、
「みなさん、私のためにようこそ!」
という最高の気分になるそうだ。

まあ、私の友だちと世界が注目するオリンピックとを比較するのも何だが、ざっくり言ってしまうと
割とその辺の「なりきり」「女王気質」「女優オーラ」ての、大きいんじゃないかと。
三人の中で、それが一番でているのは鈴木アッコちゃんだ。
安藤美姫は、その素質は十分なのに、なにかちょっと間違って来てしまい、上手くそのオーラを出せないで居る。
そんで、浅田真央ちゃんて、それが一番控えめなんだよなあ。
まったく「アスリート体質」なんだろう。結果でいいものだそう、という根性は見えるのだけど「何か表現をしよう」という感じではないし、
表現するとしたら「完璧にやりこなした自分」なんだろう。

「女王オーラ」それが発信されると
観ている人の瞳孔は二割増しに開く。だから人は二割増し大きく明るく見える。
すなわちインパクトがあって魅力的に見えて、好きになる。
好きになると、だいたい二割増しで欠点は薄れ、長所は強調されて脳に残る。
脳は幸せになりたい法則が働くから、二割増しで強調された長所は、二割増しで評価される。
…まあ二割だったかどうかはおいておいて、構造としては、倍々でバイアスがかかる。

ファイヴ・コンポーネンツはそれぞれの項目で評価される。「スケートはきれいにすべるか」「繋ぎはキレイか」「パフォーマンスはイイか」「振り付け」「音楽の表現」。
もちろんきびしくそれぞれについて目を光らせ点数をシビアにつけられるのだろう。
でも「魅力」てのはそういうものの「合計」ではなくて相乗効果というか相互作用というか
そこでのマジックなんじゃないかと。

キム・ヨナやアッコちゃんの「私を見て!」は「とりこにしてやる」「これがすきなの!」というような
強いメッセージがある。
浅田真央ちゃんから聞こえるのは「うまくやるためにがんばりました!」という
「鉄板オーラ」のメッセージだ。


| daily | comments(4) | - | posted by satosugar
「竜二」とはいわないが 16:12
 
JUGEMテーマ:日記・一般




今年明けから、めっきり弱ってしまった体調をなんとか自分でサルベージしようと
ジムへ申し込みました。
とりあえずは1〜2月で重くなった身体をなんとかしたいと。
ちょっと「身体を動かす」エンジンを暖めておかないと。
体験で行ったときはびっくりしました。初心者コースのマシンプログラムですら5分とできなかったのです。

「そんな一時無理してやっても」という家族の声を背に受けつつ、なるべくちょっとの時間でも行くことにしました。まず、行動を変えよ、ですよ。
ジムという世界は、いつもこられている方が何人もいらっしゃって、凄いです。
そのスタイル、元気、体力。
やっぱりこのぐらいしないと身体はつくれないものなのか。
しかし、ちょっと集中して数日続けていると、なんとか筋肉が「わたしら筋肉やったんや」との記憶が蘇ったようで
ちょっと楽になりました。

がしかし、やっぱり調子に乗って無茶をしたのかなあ。左肩がおかしくなり、上げ下げが痛くてたまらない。
それでも左腕はつかわないようにして通ってみたのですが、何日たっても改善しない。
なので、この1週間は半分休み。
これはチャンス。用事を済ませたあと、以前から気になっていた作家雑貨&アンティークショップやパン屋さんをはしご!はしご!はしご!
写真!写真!写真!

なんか、ほっとするなー…
本来の自分て、これだなー…

ジム通いの長い人たちは、それは「無理」でなくてその姿が「自分」なんですよね。
うーん、ちょっと無理して「体力作る」事も大切だけど、この調子では長続きしないなあ…。
価値観や志向を変えないと。
変えた方がいい、とはわかってはいても。

昔見た「竜二」という映画を少し思い出しました。
そんなかっこいいもんやないけどねw



| daily | comments(2) | - | posted by satosugar
どや顔。 17:49

JUGEMテーマ:スポーツ

先日「どや顔」という言葉を初めて目にした。
フィギュアスケートシングル女子・鈴木明子選手のフリー「ウエストサイドストーリー」での
決め顔についてのコメント。ネットでこう表現していたので、笑ってしまった。
もともとはきっとお笑いの世界から出てきたんだろう。ナイナイ・矢部とかが言いそうな表現だ。
「自信満々で満足げな感じ」の顔だろうけど、ニュアンスとして、
少々子供っぽい雰囲気があって、そこにツッコミをいれている感じで、
決して悪意に満ちた言葉ではないみたいだ。
むしろ、親しみを込めている印象だ。

で、私は鈴木明子の「どや顔」が、大好きだ。




フォギュアスケートという競技は、究極の「情熱と冷静のあいだ」に成立するスポーツのように思う。
もちろん、他のスポーツだって、いや写真だって音楽だって、ビジネスだって
もちろん生きていることはすべて「情熱と冷静のあいだ」のブレンド具合なのだけれども、
フィギュアスケート、というのはその中でも最も顕著に、その2局面
スポーツとしての冷静な判断と高度な技術力
表現者としての情熱と表現力

が「点数化」される、気の毒と言うぐらいシビアな競技だと思う。

高度なワザの連発だけでは「ほー!」と思うけどオモシロクナイ。
感情表現だけでは「アイスショー」と同じで緊張感がない。
そのかわり、その両方を実現させた人は、何かとんでもない「奇跡」というような
強烈な瞬間の印象を刻み込む。
あの人のスピン、あの人のジャンプ、あの人のステップ、スパイラル…
それらすべては点数化されて居るモノ以上に「記憶」の宝物として語り継がれる。

世の中はミキティと真央ちゃんがメインの様子だけど
もちろん彼女たちの魅力もあるのだけど
私は一昨年の「リベルタンゴ」から鈴木明子…アッコちゃんに
心奪われていて、一番の大本命は鈴木明子だと信じて疑いません。

必見!2008NHK杯エキシビション 「リベルタンゴ」鈴木明子 ←YouTube




フィギュアが「バレエ」的で「神的」表現からちょっとダークな「人間ドラマ」ダンスに
傾向が変わってきているようにも思えるが(特に、振り付けの宮本賢二氏がすばらしい。高橋大輔も宮本氏だ)、
そういったテイストはもう、今この人の右に出るモノはないと思う。
なんというか、ブルース。タンゴでもいい。
「生きる炎」みたいなものを感じるんですよね。優れたダンス芸術がそうであるように。
そして、それになりきって全身全霊で表現しようとする時の
アッコちゃんの「顔」は鳥肌モノだ。
イイカンジでの、「どや顔」だ。
完全にやられてしまう。

で、「どや顔」のマリア!
伝説の「こけちゃった」ウエストサイドストーリー。


ニコ動でも、「何故か涙が」という人が多いのだけど
ほんとに、なんで涙が出るのかわからないが
「きれい」「すごい」を超えて、なにか説明の付かないモノがどかーん!と
胸に直接飛び込んでくるのだ。で、何度見ても泣いてしまう。


写真でも「どや写真」というのはある。
おそらく、撮った本人が「どや!うまいやろ!」というのがスケスケに見えてしまうような
得意げに鼻をぴくつかせるような感じのやつ。
実は自分の写真はそんな感じなのもあるのではないかと思ったりする。
(そんなに上手くないのにw)反省…

アッコちゃんの「どや顔」はそういう「自慢しい」の
「うまいでしょ?!」「ほめてほめて!」の顔ではなくて
自分の中でやりきった、出し切ったところからくる「自信」なんだろうか。

昨日からの四大陸2010、なんとSP1位!
自分がぶれない、自分の「コア」が「表現」であることを知っている彼女は
ジャンプで少しミスをしたようだが、十八番の見事なステップで「爆発」させたようだ。
あの爆発力は、本当に何度でも何度でも見たくなるし、自然と涙が出てきてしまう。

今日のフリーも、見事に「爆発」してほしい。
その瞬間は、あの『荒川静香のイナバウワー」のように
完全無欠で絶対的な「彼女だけが成し得る表現」の世界なので、
大好きな映画や忘れられない名曲と同じように、
忘れられない数分間、として私たちは記憶する。それはもう
金メダルとか、順位とかは問題でなくて
フィギュアの世界で成し得る最高の瞬間、なのだ。私はそれを
体験して共有したい。

究極、1枚の写真も同じなんだろう。
そういう「どや写真」を撮りたいと思うのだけどねw



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新聞エコバッグからわかること2 13:05
JUGEMテーマ:日記・一般

さてそのエコバッグ、の記事を書こうと、ネットでいくつか検索したら
「四万十川新聞バッグ」「まさこおばちゃんの新聞エコバッグ」
というのがおおむね上位にきてます。
「四万十川新聞バッグ」
これ、どう考えてもしっかりしたデザイナーとプランナーがバックにいるはずだ。
もしかしたら東京発の仕掛けなのか?

と疑心暗鬼でさぐっていましたら、

発見したのはキーパーソン2名。

梅原真氏
畦地履正氏

といっても、おおもとは梅原さんだな。
デザインの世界では超有名・超話題、地元高知在住のデザイナー。
その人の作品はほとんど、みんな目にしているはず。ですが、「どんな人がつくってるのか?」はしらなかったなあ。
畦地さんは、第3セクター「四万十ドラマ」の社長。農協職員時代に梅原さんに出逢い衝撃を受けたという人です。

ほら、「馬路村 ぽん酢しょうゆ ゆずの村」ですよ。これのデザインやったのは梅原さんだそうですよ。

その他にも、ヒット作は続々とあって、
写真撮りには名前の知れてる「Tシャツアート展 砂浜美術館」もこの人だそうです。

http://sunabi.com/
「砂浜が美術館だとすると・・・
  「美しい松原」が作品です。
  沖にみえる「クジラ」が作品です。
  砂浜に咲く「らっきょう」が作品です。
  卵を産みにくる「ウミガメ」が作品です。
  砂浜を裸足で走る「子どもたち」が作品です。
  流れ着く「漂流物」が作品です。
  波と風がデザインする「模様」が作品です。
  砂浜に残った「小鳥の足跡」が作品です。」


「島じゃ常識」てのが笑えるよね。
この人のデザインは「伝えること」が言葉としても明確です。


つまり、「馬路村ぽん酢しょうゆ」と「新聞エコバッグ」は同じ思想というか、兄弟なんですねw



この梅原さんという人、調べてみたらかなりの「頑固一徹・郷土を愛するデザイナー」。
そのブレのないデザインポリシーがすばらしい。人間哲学があるというか。
「自分たちの今持っているモノを愛さないで何を愛するのだ!」と高知弁で一喝するそうだ。
ヤワな人間や「街のように豊かに」と考える人間、金儲けしたい人 間はひとたまりもないらしい。

発想は「じぶんの物差しをもて」
東京の物差しでは高知は最下位に近いが、自分たちのものさしをもってその素晴らしさを訴える。
これは、いうのは簡単だがなかなか難しい。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20091202/211087…
「日経ビジネス」の梅原さん特集は詳細に紹介されていて面白いです。

「新聞エコバッグ」は、「四万十川に負担をかけない」という発想からきているらしい。
「ローカル・ローテク・ローインパクト」を合い言葉にしている途中で、
道の駅職員の伊藤正子さんが「買ってくれたモノを新聞紙で包むのではなくて袋にしたら?」
とつくってみたところ、畦地社長は「もっと強度を強くするように」と提案、
そして今やあちこちの展示会に出展。
四万十川新聞バッグの特徴は
「地元の四万十川新聞しか使わない」こと。
洞爺湖サミットでも「各首脳にこれを持たせる!」とがんばったそうです。
(そこまではいかなかったが)
http://www.shimanto-drama.jp/concept



これでわかるように、「四万十川新聞バッグ」はもともと「地球全体のエコ」なんて、考えてないんです。
「みんながこうすれば地球に優しい」という運動でもない。
四万十川に負担をかけない、というささやかな「生活の工夫」で、
「この村にあるものを生かして生きていきたい」という素朴な発想なんですよね。
ここまでくると、これ正しい!と思いました。

調べてみたら、東京発、ではなく完全に「非東京のススメ」でした。
だって、「新聞エコバッグ」なんて、確かに長く使えないしつくんなきゃなんないし、それほど実用的かというとそうでもない。それでも面白くて「カワイイ」のは
そのアイディアと発想が新鮮だからです。


「ローカルが豊かでなければ幸せではない」(梅原さん)というポリシーで、なおかつ、
「では豊かさって何?幸せって何?」というのをとことん問うことができていなければ
これはできません。

「幸せ〜って何だっけ何だっけ うまい醤油のあるうちさ」
(はじめはポン酢醤油だった)

って広告コピーがどきゅーーーん!と力を持つのは、
真実を突いてるからかもしれません。
| daily | comments(0) | - | posted by satosugar
新聞エコバッグからわかること1 11:49
JUGEMテーマ:アート・デザイン
 
次号『ELF』は2月初旬に発行ですが、そこで「おうちクラフト」として
以前ここでもご紹介した「スクラップブッキング」と
昨年から話題の「新聞エコバッグ」をご紹介しています。

さて「新聞エコバッグ」はじめてみたときはびっくりだったなあ。
確か、エコ&手作り市的なバザーで、「エコバッグ選手権」とやらを担当して
来場者のエコバッグをポラで撮っていたのですが、そこでお会いした方。
新聞というだけでも驚きだったのですがその方は「戦争反対」の記事を全面に持ってきていて
そこで「ああこういう意見表明というのもあるんだな」と思いました。

さて、その作り方を載せるに当たって、ラッピングの講師をされている
藤田雅子先生(kate no Clover主催)に教えていただいたりして。
とても優しい雰囲気の先生で、わかりやすくご指導いただきましたよ。


藤田先生(左)と、生徒役のデザイナー・marinkoちゃん

私も作ってみました
朝日の月曜版「GLOVE」です。紙もいいし写真もおっきい。断然エコバッグ向け!


藤田先生は、ラッピングのプロとして、広く山口県下で講座を開かれたり展示会や作品会を
開催されています。
ドリーミーな中にも、大人のセンスがキラリ♪なのは
やっぱり「お人柄」なんでしょうね。
そんな先生の所にも、最近は「新聞エコバッグの講習会を」というご依頼が多いのだとか。

先生が現在注目していらっしゃるのは「水引」だそうです。
お祝い袋なども、手作りできる、とのこと。

これらみんな共通するのは「紙を折る」というところ。
新聞エコバッグも、ノリと新聞紙だけでも作れる。(はさみよりも、
定規でびーっっと切った方がきれいです)
水引も、ご祝儀袋も、ラッピングもすべて、「紙を折る」という
日本独特の手作業文化なのだ。
で、「紙」というのは「手」に優しい自然素材。
手を動かし紙に触れ紙を折るという繊細な作業をしていると
節約エコ、という入り口からずーーーーっと深い、ゆったりとした文化を感じることができます。
| daily | comments(2) | - | posted by satosugar
ほんわか温泉 16:41
 
JUGEMテーマ:日記・一般

フリーペーパー「ELF」の次号は2月号なので、年末から年明けなど、スタッフは取材に走り回っております。
近場の温泉で暖まろうという企画で、近郊あちこちの温泉をピックアップして取材しました。
これがねえ、絶対いいですよ。それぞれ個性があって。
遠くのリゾートより近場の温泉!2時間で天国行き!(笑)

で、正月はそのうちの一つ、楠町の「こもれびの郷」にある「くすくすの湯」に行きました。
まだできて半年なので檜の建物の香里が凄い。
シンプルなモダンデザインも非常に「くつろぎ」を重視されている造りで、
明るくて清潔感がある。
これ、無料の休憩所ですよ。
ちょっとしたカフェみたいでしょ。


お湯はちょっとイオウの薫りがしてそれがまた温泉気分が上がります。
ちょっととろみがあってお肌ピカピカツルツルになった!(気がした!)
毎日入れ替えして掛け流し、というお湯です。

でもなんといっても「また来たいなあ」と思えるのは、温泉や食堂や売店
(道の駅並みの新鮮野菜や特産物やエビの粉入りアイスクリームなどがあるw)
そこのまわりにいるみなさんの、なんとも素朴で温かくて気持ちのいい「優しさ」。
受付の看板娘さん達も、朝お風呂をお掃除しているおじさんおばさんも、
みーんなあかるくてニコニコしていた。
取材やお客さんに「自然な誠実さ」が伝わるような
作った愛想でなく、ここで働くのは楽しいんだなあ、という感じ。


ね?お顔と目線が、堂々としててまっすぐでしょ?ほほえみが自然でしょ?
ほーんとすてき。

どーんな流行のモノを取り揃えた店を出しても、美味しそうなモノを並べても
そこに働く人は正直だと思う。
マーケティングよりも広告云々よりも、まず人間媒体(社員教育)。

食堂のメニューも、ほんとにおかあさんの家庭料理という味で、優しい。
からだも心も、ほっこりする温泉でした。
エビの粉入りソフトクリームは…トライしてないけどね!
(しかしこのメニュー、みんなで考えたんだって。…チャレンジャーだ…!!)




| daily | comments(0) | - | posted by satosugar
勘違いのススメ。 16:03
JUGEMテーマ:日記・一般
  あけましておめでとうございます。



おおつごもり、こちらは吹雪でした。
年明け正月も、本格的に冬空です。
今年は体調をアゲつつ、写真ももっとセメの姿勢でいきたいです。
(といいつつ、元旦から外に出られないのは情けないw)

子供の頃、年越しというのはもの凄く特別な瞬間で
すっきりと大掃除をして迎える新年というのは、
まっさらな原稿用紙を前にして何でも書ける、という希望に満ちた
清々しい瞬間だったように思います。

思えば、お誕生日も卒業式も入学式も、そういう「襟を正す」ときは「折り目」のようで
緊張感や達成感、満足感や希望などがぐっと現実味を帯びて
その瞬間を「特別」なものにしていました。

しかし、それはある意味「様式」からくるマジックで
時には「スペシャル」と「オーディナリー」の区別などありません。
本当はいつも等しく何も特別でない時、日、がただ、過ぎていくのです。
時だけではなく「出来事」ですら、年を重ねると、若いときはあれほど「特別」だった
恋や友だちや音楽や大切な出来事や自分という存在やさまざまなことも
本当は全く特別なことではないのだと思う。
あれはすべて、錯覚だったのだと。
1枚の紙も、折り目がなければただの紙。

しかしそんな時でも、何かが、はっと奇跡のように輝く様に見えるときがある。
それは錯覚だよ、という声に
抗うように輝く何か。

それが特別なのか錯覚なのかは、実は自分の目の力なのだろうと思います。
特別な日にしようとするのは、「特別な日にしたい」という力があるから。
そのような願いを、込めている人がいるからです。
そうやって、1枚の紙は「鶴」になったりするのです。

だから、積極的に、誤解しよう。錯覚しよう。勘違いしよう。
ことしもいっぱい。そして、いつまでも。

ここはほんとに好き勝手なことを思い出したように書いていますが、
相変わらず不定期な2010かもしれません…
どうぞよろしくお願いいたします。
| daily | comments(3) | - | posted by satosugar
サンタ、キターーーーー!! 15:27
 事前予告があったのですが、今年はサンタさんがわがファミリーにということで
ゴーカプレゼントをもってきてくれました!
ビートルズのリマスターBOXセット。モノではなくて、ステレオの方。黒箱です。
白箱よりもとりあえず、全曲をクリアに聴きたい!とリクエストしましたので。

 

しかし、どうもやはり予算的に苦しかったらしく。
「半分カンパしてくれ」との伝言が旦那さんを通してありました(爆

LPもCDもそこそこ欲しいのはほとんど持ってる。
持ってないのは3枚「Please Please Me」「With」「Yellow Submarine」(オリジナル)だけ。
解散後の編集盤もほとんど持ってるよなあ。(まあ、「One」とかはさすがにいらなかったが)
その上、リマスター版で欲しいのは2枚買ってしまっている。
でも、というかだからこそ、音の分離が凄くいい、クリアな曲の状態、というのを
全曲聴きたくなったのでした…

私としては初期〜中期の前半の瑞々しさがたまりません。
昔は「捨て曲」とおもっていたのも、今聞くと「かわいいわあ」とか「こういうことしたかったのね!!」と目からウロコ状態&目の中に入れても痛くない状態。
もうね、「嵐」を見る気分ですw

ファーストのイキオイはヤバイ魅力満載。ああ、こりゃピッチピチに光ってるわ。
セカンド「With The Beatles」は、カバー曲の咀嚼力が凄い。
「A HARD DAYS NIGHT」はパーフェクト中のパーフェクト。
「FOR SALE」はジャケ最高だけど内容地味、という印象だったが、曲的には
非常に「切ない」フィーリングがあってそれがしっとり味わえる。
「HELP」は切なさとキャッチーさと皮肉とカワイサの絶妙なバランス。
「RUBBER SOUL」は、確かにこうやってクリアになると「黒っぽさ」が際立って、
それが狙いだったのか、と再確認。
とにかく、ここまでは主に「ジョンの黒っぽさ」が牽引力だったのだ。
で、私はきっとそこが好きなんですよね。

写真は、私の一番好きなジャケット「FOR SALE」を一番上にしてます。
完璧なアイドル写真だ!!私のFAB4はこれなんです。
(実はジャケ写に釣られて初めて買ったオリジナルアルバムはこれなのですよw)
(ちなみにそれまでは全部カセットで買っていたのだ!!!「Yesterday & Today」「OLDIES」「青」「ABBY ROAD」「LET IT BE」ときて、
部屋にステレオを置いてもらえたのでLPを買えるようになったのでした)

しかし、しみじみ思うのは、数年の間(初期から2〜3年)で、別人のような音楽と志向とルックスになっていった彼ら。もしリアルタイムに初期のFAB4マニアだったら、絶対
「こんなになっちゃって、私のジョンはどうしちゃったの?!」と見限っていたかも。
だって、嵐の松潤や櫻井クンが来年すんごい髭はやして「大人のオトコ」ぽくなったらどうでしょう。
それとも「おお、なかなかやるじゃないか!」と思うかなあ。
そっちのような気もするし。
そんな切ないドキドキも味わってみたかったなあ…

男の子って、劇的に変化するからなあ。
| daily | comments(5) | - | posted by satosugar
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